
日記で集中力は上がるのか|研究で分かっている範囲
目次
作業を始めたのに、未返信のメールや明日の予定が何度も浮かんでくる。そんなとき、いったん書けば集中しやすくなるのでしょうか。ここで先に線を引いておくと、日常的な日記の習慣が仕事や生活での集中力を高める、と直接確かめた研究は本記事にはありません。
手がかりになるのは、試験前の心配、急性ストレス後の持続的注意、学生の作業記憶、未完了の目標についての実験です。それぞれ別の課題と指標を扱っており、「日記で集中力が上がる」という一つの効果にまとめることはできません。ただ、何が注意を妨げているかに合わせて書き方を選ぶヒントにはなります。
心がさまようことと、未完了の用事は同じではない
人は目の前の活動以外をかなりの頻度で考えています。2010年、ハーバード大学のKillingsworthとGilbertは、2000人を超える成人へスマートフォンで随時質問し、回答した時点の46.9%で別のことを考えていたとScienceに報告しました。
この研究が測ったのは、思考が今の活動から離れていた頻度です。日記も集中障害も調べておらず、さまよった思考の多くが未完了の用事だったと示したわけでもありません。「開いたままの用事が何度も注意を奪い、そのたびに数秒の読み直しが生じる」という仕事術の説明も、本記事で引用する研究の結果ではないのです。
一方、実験室で活性化された未完了の目標が、別の課題へ割り込むことは確認されています。この二つの研究をつないで、日常の心のさまよいを一つの原因で説明しないようにしましょう。
心のさまよい、心配、未完了の目標は関係しうるものの、同じ現象ではありません。研究が別々に測った結果を、一つの「集中が切れる仕組み」にまとめることはできません。
試験直前の10分間から言えること
RamirezとBeilockが検討したのは、強い緊張のなかで数学の問題を解くとき、心配が課題に必要な作業記憶(ワーキングメモリ)と競合する、という仮説です。2011年、高圧条件の数学課題と教室での期末試験を用い、試験直前に10分間、考えや感情を書く課題をScienceで報告しました。
成績上の利点は、主に試験不安が強い学生で見られました。著者らは、書くことで心配による作業記憶への干渉が減った可能性を提案しています。ただし、後の追試結果は一様ではありません。これは試験直前という条件での介入であり、会議や普段の仕事の前に10分書けば集中が戻る、と一般化はできません。
不安と書くことの研究にも、対象や課題によって異なる結果があります。「心配を外へ出せば、使える記憶容量が必ず戻る」という確定した仕組みとして扱わないことが大切です。
急性ストレス後の注意を調べた実験
2018年、ラトガース大学のDiMenichiらは、過去の失敗について書く課題が、心理社会的ストレスを受けたあとの持続的注意にどう関わるかをFrontiers in Behavioral Neuroscienceで検討しました。書いた参加者では、コルチゾール反応が弱く、ストレス後の持続的注意の低下も小さいという結果でした。
これは、一つの書く課題と、一つの急性ストレス課題を組み合わせた実験です。普段から日記を書く人の注意力を測ったわけではなく、ストレスがない日の集中を高めるとも示していません。有望な結果ではありますが、日常の集中力全般へ広げるには範囲が狭いのです。
作業記憶の変化は、日常の集中力と同じではない
2001年、ノースカロライナ州立大学のKleinとBoalsは、人生の転機に伴うストレスについて複数回書いた学生と、ささいな題材を書いた学生を比べ、作業記憶の変化をJournal of Experimental Psychology: Generalで報告しました。
著者らは、侵入的な思考や回避的な思考が減り、限られた認知資源への干渉が小さくなった可能性を示しています。とはいえ、この説明がすべての書く習慣に当てはまると証明されたわけではありません。作業記憶の検査値が変わることと、職場で気が散らなくなることも同じ結果ではない。詳しい境界は日記と記憶の記事でも扱っています。
研究は数週間にわたり学生を追いましたが、「効果が数週間持続したから、日記で心の空き容量が恒久的に増えた」とは言えません。測定時期、介入期間、効果の持続期間を混同しないようにする必要があります。
書き出すだけでなく、具体的な計画を立てる
未完了の目標については、介入の中身が重要です。2011年、MasicampoとBaumeisterは、満たされていない目標が認知的に活性化し、別の読解や課題へ干渉することがあるとJournal of Personality and Social Psychologyに報告しました。その影響が消えたのは、参加者が具体的で本気の計画を立てられた条件です。
単に用事を書き並べたり、頭の外へ移したりする条件を検証したのではありません。「遅れている注文の件を、明日の午前中に担当者へ連絡する」のように、次に何を、いつ、どこで行うかまで決めることが研究に近い形です。一般的な思考の書き出しと、この計画形成を同じ効果としてはいけません。
関連する概念に、認知的オフローディング(cognitive offloading)があります。2016年、RiskoとGilbertは、身体的な行為によって課題の情報処理要求を変えることだとTrends in Cognitive Sciencesのレビューで整理しました。外部のリマインダーが将来の予定を覚えておく負担を減らすことはありますが、それだけでMasicampoらの計画形成と同じ結果になるわけではありません。
四つの結果を「集中力」で一括りにしない
ここまでの研究が測ったのは、①高圧条件での数学・試験成績、②急性ストレス後の持続的注意、③学生の作業記憶、④実験室での目標の活性化と干渉です。どれも、普通の日に日記をつける人が一日を通して集中できるか、という問いへの直接の答えではありません。
試験の点が上がっても、注意の持続時間そのものが延びたとは限りません。ストレス後の低下が小さくても、同じストレスがない日に注意が高まるとは言えない。作業記憶の変化と、会議中に気が散る回数も別の指標です。具体的な計画で実験上の干渉が消えたからといって、心配を全部書けば同じことが起きるわけではありません。
むしろ、範囲が狭いからこそ使い方が見えてきます。試験不安には試験直前の課題、実験的な急性ストレスにはそこで用いられた表現的筆記、未完了の目標には実行可能な計画。目的の違う方法を混ぜず、結果も分けて見るのが、研究を生活へ持ち込むときの基本です。
時間についても同様です。短い介入で結果が出たことや、数週間の研究で変化が測られたことから、毎日続ければ集中力が月ごとに積み上がるとは言えません。それを確かめるには、日常的な日記を適切な対照群と比べ、現実の注意を繰り返し測る試験が必要です。
生活に取り入れるなら、研究の範囲を残す
未完了の用事には、次の行動を書く。
何をするか、いつ・どこで行うか、足りない情報は何かを一つの計画にします。文章か箇条書きかが効果を左右するという研究はありません。
試験に近い場面では、10分の課題を慎重に試す。
研究では、試験直前にその試験への考えや感情を書きました。プレゼンや仕事へ応用するのは別の場面へのアレンジです。書くことで苦しさが増えるなら中止してください。
「前がよい」「毎日がよい」と決めつけない。
試験研究は直前に書きましたが、仕事前と仕事後を比べてはいません。毎日の短い日記と、ときどき長く書く方法も比較されておらず、最適な頻度や2週間という判断期限は分かっていません。
睡眠不足、通知が絶えない環境、慢性的な過負荷、治療されていない注意の問題は、ノートだけでは解決しません。集中しづらい状態が重い、長く続く、悪化している場合は、医師などの専門家へ相談してください。書く課題は休息、治療、働きやすい環境の代わりにはなりません。
特定の書く課題が、特定の状況で干渉を減らす可能性はあります。それは「日記が集中力を全般的に回復させる」という主張より、ずっと限定された結論です。
集中、考えの整理、反すうは重なる部分があっても、同じ結果ではありません。考えを整理するための書き方、考えすぎと日記、仕事で振り返りを書く人の研究も、それぞれ別の根拠と限界があります。